REPORT開催レポート
第5回公開シンポジウム
- 開催日
- 2015年10月24日(土)13:00~17:30
- 場所
- 東京国際フォーラム
一般財団法人ブランド・マネージャー認定協会は、2015年10月24日に東京国際フォーラムにて、第5回公開シンポジウムを開催しました。今回は「〜ブランディングの現場から〜ブランド最前線価値のリ・デザインで生み出す新市場」をテーマに、基調講演やブランディングコンテストで選ばれた実践事例の発表、パネルディスカッションを行いました。
価値のリ・デザインとは
ソニーの「ウォークマン」が「レコード」という録音再生機をリ・デザインしたように、最近では既存の商品サービスをリ・デザイン(再定義)することが重要視されています。基調講演では「価値のリ・デザイン」について、当協会評議員である阪本啓一先生にお話いただきました。阪本先生は、次に挙げる3つの視点から「価値のリ・デザイン」を説明しています。
(1)マイクロインタレスト
(2)ブランドの寿命は短い
(3)ドヤリングの時代

高度経済成長期の消費者は、カラーテレビや自動車、クーラーといった、いわゆる3Cに代表されるような一種のエコノミーを欲しがりました。しかし現代では、「みんなが欲しがる」といった文言では訴求効果が得られません。そこで、マイクロインタレストに注目します。つまり、消費者の細かなインタレスト(興味関心)がどこにあるのかを考え、どのインタレストに的を絞るべきかを考えていきます。また、モノを売るためには、まず150人の消費者の心を掴むことが必要です。しかしブランドの寿命は短いため、150 人の消費者を振り向かせることのできるメディアを賢く選択することが求められます。
マイクロインタレストである現代の時代背景と、ブランドの寿命の短さを上手に活用しているのが、バルミューダ株式会社の販売しているスチームト
一般財団法人ブランド・マネージャー認定協会 2
ースター『BALMUDATheToaster』です。バルミューダでは、「パンを美味しく食べたい」という消費者の気持ちにフォーカスするのではなく、「バルミューダのトースターを使う自分が好き」「SNSでドヤリングしたい」といった消費者をターゲットとしています。さらに、ブランドの寿命が短いことを理解しているため、有名なWebメディアに掲載されたことを大々的に宣伝しています。講演では、その他にも国内外のリ・デザインの事例が紹介されました。顧客から商品・サービスへの興味関心を持ってもらうためにも、自社ではどのような価値を提供できるのか、という「価値の蒸留」を行うことが不可欠です。阪本先生は、これからのリ・デザインとして、高齢化社会の進む日本における「高齢者施設のリ・デザイン」や、人のぬくもりを感じる「アナログプロダクト」などの可能性を提示されました。
ブランディング事例コンテスト〜受賞発表と事例紹介〜
今年度からはじまったブランディング事例コンテストでは、当協会で学んだことを現場で活用した事例を募集し、その中から構築プロセスと成果が優れた事例を表彰しています。1次審査では書類選考、2次審査ではプレゼンテーション審査を行い、情緒的価値や独自性、経済効果や社内浸透の度合いなどの視点で評価を行いました。その結果、2015年度の大賞に「株式会社スプリング」とブランド・マネージャーである「株式会社オレンジフリー」、また準大賞は「株式会社りんごの木」「株式会社JACKカンパニー」が選ばれました。
準大賞 美容室をリ・デザインする〜株式会社りんごの木〜

長野県長野市を中心に美容室7店舗を経営している「株式会社りんごの木」は、創立40年周年を迎えるにあたって未来につながる会社を目指し、1年以上をかけてブランディングを計画、実践しました。中心となって活動したのは、当協会でブランディングを学んだアートディレクターの今井まどかさんです。今井さんはブランディングを実施した結果、お客様から「家族で通いたい」と言われたことや、スタッフがブランド・アイデンティティに沿った行動を行うようになったことなど、成果を実感しています。
もともとは「他の美容室との差別化ができない」「スタッフ教育での判断基準が不明確」などの課題があり、お客様に選び続けて欲しい、会社とスタッフの方向性を明確にしたいという想いがありました。そこで「40周年感謝プロジェクト」として自社をリ・デザインし、コーポレートメッセージやブランド・アイデンティティなどの制作を進めることにしました。制作にあたり、「りんごの木で働くこと」について社内でインタビューしたり、新規と常連のお客様に「りんごの木を利用する理由」をアンケートしたりしました。それらを合わせて分析した結果、機能的価値として「カウンセリングが丁寧」であること、情緒的価値として「アットホーム」「70歳になっても通いたい」といった自社の強みが見えてきたそうです。そこで、コーポレートメッセージとして「あなたの人生を髪から美しく」を掲げ、ロゴやキービジュアルの制作に取り掛かります。
完成したロゴはスタッフに丁寧にプレゼンし、ロゴの入ったパンフレットやマグカップを無料配布するなど、社内のブランディングにも努めました。その結果、スタッフからブランド・アイデンティティに沿った施術メニューの提案もありました。また、キービジュアルでは3世代で利用してくれているお客様をモデルとし、世代を超えて通える美容室であることをアピールしました。
現在では、ブランド・アイデンティティ(「人生を美しくする美容室」)に沿って、新しいメニューの開発を行っています。また今後の展望として、お客様の日常的な美をサポートできるように教育カリキュラムの見直しを行うことや、SNSでの情報発信に注力したいそうです。
準大賞 居酒屋をリ・デザインする〜株式会社JACKカンパニー〜

株式会社JACKカンパニーは、静岡県浜松市で居酒屋『たんと』を3店舗経営しています。ブランディングを行う前はダイニングという業態でしたが、ブランディングによって自社の価値をリ・デザインし、遠州名物を提供する居酒屋として生まれ変わりました。ブランディングの中心にいたのは、同社の営業本部長である越川淳さんです。『たんと』ではスタッフの入れ替わりが激しく、誇りを持って働く人が少ないことが課題でした。そこで業績の向上、やりがいづくり、さらには顧客満足度を追求するためのビジネスへと転換することにしました。よって、働く人が自分らしさを追求することもブランディングの目的でした。
同社ではブランディングを実践するため、まずは3C分析とポジショニングを行っています。客単価やスタッフについて30程度のポジショニングを行いましたが、しっくりと来ず、次にさまざまな角度からのポジショニングに挑戦することとなりました。そのとき、浜松名物のうなぎ屋など、全くの異業種をポジショニングしています。その結果、「遠州の誇りを感じてもらいたい」という想いを閃きました。居酒屋などの業態では、同業と競争することで価格競争に巻き込まれてしまいます。そこで、たとえ異業種だとしても、地元で誇りを持って成長している企業と一緒にブランディングを進めることにしたそうです。
そして、ブランド・アイデンティティとして「遠州人が自慢したくなる活気溢れる、元気な酒場」を設定しました。このブランド・アイデンティティが、お客様に提供するメニューやスタッフ教育、社内での会議など全ての判断基準のもととなり、スピーディーな判断につながっています。また、ターゲット層に常に意識してもらうことを目標とし、制作した同社のテーマソングを店内で放送する、ロゴ入りのノベルティを無料で配布するなどを行いました。そのようにペルソナを意識した年間計画にお金を使うことで、割引を廃止したにもかかわらず、既存店の売上高が5年連続で前年を上回る、うれしい結果となりました。また、社内研修では外部講師を招いて、好感を持たれる身だしなみやメイクなどを学び、遠州人に自慢されるスタッフを目指しています。スタッフはブランド・アイデンティティにもとづいた接客や販売活動ができるようになり、活き活きと働ける環境が整いました。
大賞 アクセサリーをリ・デザインする〜株式会社スプリング〜

大阪に本社を構える株式会社スプリングは、アクセサリーの製造・販売を行う会社です。取締役である立花佳代さんと営業部長の荒谷博之さんは、「ブランディング後は環境が劇的に変化した」と語ります。同社のブランディングとコピーライティングは、株式会社オレンジフリーの吉田ともこさんが担当しました。同社は2つの主力ブランドを仕分けることや価格競争からの脱却、売り込みの営業コストを押さえることが課題でした。そこで、「スピードはブランドを成長させるパワー」というテーマを設定し、理想論ではなく現実的に機能するブランドを作ることにしました。
もともと2005年に、後に主力ブランドの1つとなるパールアクセサリーがヒットしたため、次の商材を探している最中でした。そのとき、立花社長がインド人サプライヤーと出会い、ガラスビーズを使ったアクセサリーに注目します。これが後に、もうひとつの主力ブランド「MAYGLOBEbyTribaluxe」となります。そして北インドの村で、住民にアクセサリーづくりのトレーニングがはじまりました。しかし実際にできあがった物は汚れや歪みが目立ち、いったんはインドで生産することを諦めるほどでしたが、インド人サプライヤーの熱意に押され、2011年よりトレーニングが徹底されました。そして足掛け3年目に、パーフェクトな試作品が完成します。
同時にブランディングを開始した同社では、3C分析などを行い、旬のファッションとリンクするアクセサリーを制作することが決定します。そして、「アーバン×トレンド、働くいい女の存在感」をブランド・アイデンティティとして掲げた「Tribaluxe」が、審査の厳しいパリファッションウィークの合同展示会である「THEBOX」に出展が決まりました。これは、生産背景と「エンパワーメント」という商品づくりの考え方が評価された結果です。さらには、「THEBOX」への出展がターニングポイントとなり、大手百貨店や有名セレクトショップとの取引がはじまります。これにより、値下げすることなく販売でき、売り込まなくても売れるブランドへと成長しました。また、「Tribaluxe」の制作現場であるインドの村にも、電気が付く、室内で作業できるなどの変化が起こります。同社では、インドの現地の人とブランドを育てる喜びを感じているそうです。
加えて、ブランディングにより社内のベクトルがひとつになった結果、仕事の速度もあがり、競合他社から抜きん出ることができました。今後の活動としては、海外市場の開拓や、女性の地位向上などをはじめとしたインドの村への働きかけ、SNSなどを活用した企業メッセージの配信を予定しているそうです。

リ・デザインが世の中を変えていく
シンポジウムの最後は、有識者9名によるパネルディスカッションです。パネルディスカッションでは、「リ・デザイン」をテーマに各人の見解をお話しいただきました。
田中洋 中央大学大学院戦略経営研究科教授
世の中に新しい職業が生まれていく中で、価値のリ・デザインが重視されています。今回のコンテスト発表を見ながら、価値のリ・デザインとは「商品サービスの持っている意味を変えること」と「実際のアクションを変えていく」という2つの側面があるように感じました。たとえ全く同じ商品だとしても、株式会社スプリングにように「発展途上国の支援」というテーマを加えることで、アクセサリーの中に新しい意味を付け足すことができます。
また今の時代は、マイクロイノベーションも必要です。「新製品」と「既存の商品を改良すること」の中間に「マイクロイノベーション」があります。今や、大きなイノベーションを起こす機会はほとんどなくなりました。そこで、最近の例だとiPhoneのように、「動画が前機種よりも綺麗に撮れる」などのプチリノベーションをして、既存顧客の関心をつなぎとめる工夫が求められています。
小池玲子 クリエイティブハウスR-3代表
私は外資系の広告代理店で働いていたこともあり、日本企業にはブランディングが育っていないイメージを持っていました。日本企業は外国企業に比べると、「あ・うん」の呼吸でビジネスを進めている感覚があります。しかし今回のコンテスト発表を見ながら、日本企業でも論理的な目標設定がなされるようになったと感じました。
最近のトピックで、商品のリ・デザインに注力していると感じたのは「三井物産」です。スローガンやロゴを変え、さらには安定していた株価をあげることで、世界的に三井物産の価値を認めてもらわないといけない立場に自らを急き立てました。企業は国内にとどまらず、海外でも認めてもらわないといけません。事業内容は変えられないかもしれませんが、外側から見えるブランドイメージを変えることは可能です。
阪本啓一 株式会社JOYWOW 代表取締役会長
受賞された事例には、サムシングエモーショナル(感情の絆)が共通しています。たとえば、究極のアナログプロダクツを実現した株式会社スプリングでは、「Tribaluxe」というアクセサリーでしか手に入らない、インドの人たちとの感情の絆を感じることができます。今回の事例を見て、やはりこれからは、サムシングエモーショナルの時代であることを再確認しました。
さらには各事例を見ながら、マイクロインタレストはカラーレンズをつくることに等しい、と考えていました。自社の商品サービスに、後から付加価値を付けて、さまざまな色へと染めていくことは楽しいことなのです。たとえば、「発展途上国のためにサービスをつくった」とはじめから言われても、消費者は楽しくありません。今回の「Tribaluxe」のように、結果的にインドの人たちを支援できた、などと新しいレンズが提供されれば、消費者の心が動きやすくなります。禁欲的なのは面白みに欠けるため、企業はカラーコンタクトをつくるイメージで、商品をつくればいいのではないでしょうか。

榛沢明浩 株式会社トライベック・ブランド 戦略研究所 代表取締役
発表された各事例は協会の同じフレームワークを使っていますが、異なる結果を出しています。たとえば各社では3C分析を使っていますが、「自社×顧客の部分」の枠内だけを考えるのではなく、そこから自社で実現可能なことを生み出していることがわかります。つまり、既存のフレームワークから自社のカラーを出せるように工夫を加えているのです。ブランディングを行う上で、既存のフレームを活かしてオリジナリティを出す視点はポイントになります。
また、今回のコンテストで発表されたような中小企業にとって、ブランディングは有利に働きます。なぜなら大手企業では「予算が余ったからブランディングをしよう」などと、ブランディングが片手間になることが多いからです。また大手企業では、宣伝部など特定の部門だけがブランディングを担当しがちなため、実行しようとするときに小回りがなかなか効きません。中小企業は、全社でスピード感を持ってブランディングに取り組めるメリットがあります。
当協会代表理事 岩本俊幸 株式会社イズ・アソシエイツ代表取締役
今回からはじまったブランディングコンテストを開催した理由は、当協会のフレームを活かした事例を正しく評価し、成果を形として学ぶことです。全部で10社からの応募があり、どれも素晴らしい事例ばかりで、選出することが難しかった背景があります。今回、このシンポジウムを通じて学ぶ場を形成できたので、ブランディングコンテストを今後も継続していきたいと考えています。
またコンテスト発表を見た感想として、株式会社スプリングに代表されるように、ブランディングを努力している会社は、会社の取り組みに厚みが増すのだと感じました。もちろんブランディングを成功させるためには、しっかりとした商品力があるかどうかがポイントです。株式会社スプリングは独自の商品力を活かし、リ・デザインに成功した例だと言えるでしょう。
水野与志朗 ビーエムウィン・ブランディングオフィス 代表取締役社長
今回選ばれた事例の全ては、リ・デザインするためのヒントを自社で思い付いていますが、自社外からヒントを得て、リ・デザインされた商品もあります。たとえば、過去に僕はあるシャンパンのブランディングを行っていました。試行錯誤したのですが、はじめの1年は全く認知されず、暗礁に乗り上げてしまったのです。ちょうどそのとき、イタリアのバールで見かけた若い女性のシャンパンの飲み方にヒントを得て、商品をリ・デザインすることができました。これは、海外という外側からヒントを得た例です。
また企業側は、常に消費者とフレッシュな関係性を保つことが求められています。なぜなら消費者との関係性が陳腐なものになれば、ブランドは老化していくからです。鮮度を保つためにも、消費者に新しいブランドの側面を見せていくことが必要となるでしょう。そこにブランディングの本質があります。
佐々木 研一 株式会社イノベーションゲート 解析研究員(マネージャー)
企業が3C分析などで自社を理解する方法は、心理学でよく使われる「自己理解」と似ているようです。日本では、就職のタイミングなどでしか自己理解をする機会がありませんが、自分を客観的に見ることで、何ができるのかを理解することができます。同じように、自社の強み・弱みを詰めて考えることで、自社で実現可能なことが見えるようになります。なので、ネガティブな意見も含めて意見を集め、自社を深く理解することがブランディングのポイントです。
また、従業員が自社商品に対してプライドを持つことで、消費者に価値あるものを提供できます。そのためにも、従業員に自社商品の付加価値を感じてもらう必要があります。そこで、価値のリ・デザインを活かすことができるのです。リ・デザインをすることで、会社が新しく進むべき方向を示し、結果として自社商品の付加価値につながります。

徐 誠敏 名古屋経済大学経営学部准教授、静岡産業大学情報学部非常勤講師
表彰された事例を見て、競合店とは違う視点でブランディングをしていくことが大切だと感じました。たとえば、りんごの木では「お客様の人生設定」をテーマにしています。これは他の競合店では、なかなか思いつかないでしょう。またブランディングには、「言葉力」と呼べるものが必要です。「自社は◯◯だ」というコーポレートメッセージを社内にしっかりと浸透させることができるのか、によって会社の進むべき方向が変わります。この言葉力を設定することは、会社の規模を問わずにできることです。
私は日本に来て足掛け15年目ですが、海外の企業と比べて、日本企業は「社員を大事にすること」に力点を置いているように感じます。社員が活き活きとして働いていれば、消費者にも社員が会社を大事にしていることが伝わり、購入意欲を掻き立てることができるはずです。
江上隆夫 有限会社ココカラ 代表取締役
ウォークマンが音楽の聞き方をリ・デザインしたように、既存のモノよりも大きくて優秀なリ・デザインされたモノが出現すると、世の中が変わっていきます。近年では、携帯電話をリ・デザインした「iPhone」が、その代表と言えるでしょう。世の中にはときどき、iPhoneにように大きなモノが生まれヒットしていきます。また現在の日本は、消費が低調したままの社会です。その中で消費者は自分を燃やすことにお金をかけるため、消費者がワクワクするかどうか、という消費者の欲望に焦点を当てることが重要です。消費者の欲望を発見するためにも、価値のリ・デザインが意味を持ってくるのだと考えます。
また、ブランディングを行うときに計画は大前提ですが、中身を伴っていないケースも多々あります。大賞を受賞した株式会社スプリングのように、リ・デザインを推し進めつつ、一歩一歩確実に進める姿勢が必要です。

